SERENDIP TRAVEL ONLINE「祈りに根ざした癒しを求めて」

アーユルヴェーダの発祥地、ケララ州

 

施設から見える夕暮れの景色

 

ヨガやマッサージを通して「アーユルヴェーダ」を知った人は少なくないと思う。アーユルヴェーダは、5000年以上も前にインドで発展した世界最古の伝統医学の一つ。主な治療法はオイルマッサージや食事、自然のリズムに沿ったライフスタイルなどが挙げられる予防医学を重視した自然療法だ。

そんなアーユルヴェーダを数年学んできた私にとって、発祥地であるケララ州で本場のアーユルヴェーダを体験するのは夢だった。

 

甘い香りのする南国の花、プルメリア

 

インドのコーチン市の空港に降り立つと、どこからか「お帰りなさい」と聞こえてくるようで、帰ってきた感じがした。ここはムンバイやデリーなどの大都市と比べて、緑がいっぱいで静かだ。

空港には、私がこれから滞在するアーユルヴェーダ施設のドライバーが迎えにきてくれていた。施設までは車で約4時間。長いフライトで疲れていたので少し休むのにちょうど良いと思ったけれど、緊張とワクワク感で全然眠れない。車中からインドの景色を眺める。

ココナッツの木。色とりどりのサリー(一枚の長い布でできた女性用の衣装)を着た女の人たちがおしゃべりしている。木陰で昼寝をしてるおじちゃんたち。東京からきた私にとって、ここはまるで別世界だ。時が止まったようにさえ感じられる。

2016年、20歳の時に私は初めてインドを訪れた。その時の気持ちがよみがえる。「世界をみたい。新しい景色をみたい。色んな人と出会いたい。」不安も迷いもない当時の自分にもう一度出会う。「無知を楽しんで」と、その時の自分が話しかけているかのようだった。

貧しいというイメージがあるインド。でも、私はここに大きな豊かさを感じる。貧しいけれど、豊富。これは何だろう? ゆっくりお茶を飲んでる大人たち。果物の山。子供の笑い声。お寺から聞こえてくる祈りの歌。物質的な豊かさよりも、何かもっと豊かなものがある。ここにいると幸せを感じるのは何故だろう。何が、人を幸せにするのだろう。

そんなことを考えているうちに、あっという間に4時間が過ぎ施設に着いた。私はここで3週間滞在する。車を降りるとバニラの甘い香りがしてくる。部屋へ案内され、女性スタッフがお茶とフルーツを持って迎えてくれた。徐々に日が暮れていく。この日は早めに寝ることにした。

 

“Food food” と言いながら、見たことのないフルーツをくれる女の子

 

カメラを持って散歩していると、ニコニコしながら私に話しかけてきたおばあさん

 

私が滞在したアーユルヴェーダ施設「Poonthottam Ayurvedasram」

 

 

ラビー先生との初めての診察

翌朝は鳥の鳴き声で6時前には目が覚めた。外に出てみると、月がまだ見えていて、誰も起きている気配はない。

少し明るくなってきた頃、1人の女性スタッフが生姜とクミンのお茶を部屋に持ってきてくれた。ジャグリーが入っていて甘い。ジャグリーはパームヤシやサトウキビからとれる精製されていない自然のお砂糖。身体がポカポカ温まり、心も落ち着く。日本に帰ったら、この静かな朝のお茶の時間を習慣にしたいと思った。

午前中はこの施設での滞在中に主治医となる先生の診察を受けた。ニコニコとした優しい男性のラビー先生。私がこの施設を訪れたのは「パンチャカルマ」というアーユルヴェーダの代表的な浄化療法を受けるためだった。

「パンチャ」は5つを意味し、「カルマ」は行為を意味する。パンチャカルマは病気の予防や治療で行われ、5つの方法で身体から毒を出すメソッドだ。胃は催吐法で、小腸は下剤法、大腸は浣腸法、マインドは点鼻法、血は瀉血法でデトックスされる。体には負担がかかるため、パンチャカルマは決まった施設で、医師の指導のもとで行うのがいいとされている。

ラビー先生とは1時間ちょっと話をした。私のストーリーや身体の不調について話しをすると、パンチャカルマではなく別のデトックス法を勧められた。彼によると、今の私にパンチャカルマは厳しく、バランスを崩してしまう可能性があるらしい。それに、私は知らなかったけれど、パンチャカルマは飛行機に乗る前後は行わない方が良いらしい。

私は自律神経とホルモンバランスの乱れがあったため、心身をリラックスさせるマッサージをメインとした、優しいデトックス療法を勧められた。

「病気については分からないことがたくさんある。私が知らないこと、医師が知らないこと、科学が知らないこと。だからこそ、ハーブなどで自然の力を借りる。 なぜなら、それが私たちの中にある自然治癒力を目覚めさせるから」とラビー先生は言う。自然の力を借りて、自然を信じて、自然に任せる。私はその言葉を聞くだけで癒された。

 

実習中のセラピスト

施設の畑。ココナッツ、パパイヤ、ハーブなど色々ある

 

楽しみにしていたアーユルヴェーダ食

滞在中は、朝5時半には目が覚めた。私は6時ごろまでベッドに横になり、起きて瞑想とヨガをする。7時には生姜とクミンとジャグリー入りのお茶をもらう。7時半からはヨガのクラスもあるが参加は自由だった。そして朝ごはんは8時半からと決まっていた。基本的にトリートメントと食事の時間以外は自由に過ごすことができる。

食事は1日3回。消化に負担のかからないベジタリアン料理が出る。アーユルヴェーダの食事で大切なのは、消化のエネルギー「アグニ」の働きをサポートすること。アグニが弱ると食べ物が上手く消化されず、いくら体にいいものを食べていてもアーマ(毒素)になると考えられている。アーマは体や心に蓄積し、病気の原因となる。そのため食事はアグニの火を妨げない温かいもの、軽めのもの、穀物・豆類・野菜のバランスが整った食事が理想だ。

朝は豆と米粉を発酵させて作った生地で作るドーサ(クレープ)やイドリ(パンケーキ)など南インドの典型的な朝食をいただく。昼は主食のお米とおかずが4品、それにバターミルクといった飲み物がつく。おやつは畑でとれたフルーツと生姜のお茶。夕食は軽めで、キビとスープがよく出た。米、ムング豆、スパイスとギーで作るアーユルヴェーダ風のお粥、キッチャリーが出た日もあった。

 

南インドで定番の朝ごはん。豆と米粉を発酵させて作った生地を蒸して作るイドリ(パンケーキ)にココナッツのチャツネ(ソース)と野菜のカレー

 

厨房で夕食の用意をするシェフ

 

ランチプレートを用意する女性スタッフ

 

献立はアーユルヴェーダの栄養士が考え、全て施設のキッチンで作られる。アーユルヴェーダでは体質にもよるけれど、朝食と夕食は軽めに、昼食は腹8分まで食べるのが基本。一回の食事には「甘味・塩味・酸味・苦味・渋味・辛味」の6つの味(ラサ)を含むことで、心と体のバランスが整うとされている。ただし刺激的な唐辛子やニンニクは使わないため、とても繊細で優しい味わいだ。量は普段と比べると少なく感じるけれど、味のバランスが良いからか食後はとても満足感がある。こういったアーユルヴェーダ食も家に帰ってからも心がけたい。

食事の内容は、その人の体質や滞在中に受けるトリートメント(浄化療法やアーユルヴェーダセラピー)によって変わる。例えば、3食ともお粥を食べる人もいれば、普通の食事をする人もいる。ギーを飲むトリートメントを行っている人は、朝食を取らないなど、一人ひとり違っている。

 

「食事中は携帯を使わない」(食事は静かにいただく)

 

アーユルヴェーダの浄化療法

トリートメントも人それぞれで、抱えている不調や症状によってセラピーの期間も内容も異なる。私の場合は、まず1週目は自律神経をリラックスさせるトリートメント3種類を午後の時間に受けた。最初は体中に温めたオイルを塗るアビアンガ、それに続いて温かいオイルを体中に垂らしてくタイラダーラ、最後に額に温かいオイルを垂らすシロダーラ。トリートメントは大体2時間かかり、その後はアシスタントが髪の毛と体を洗ってくれる。

各トリートメントに使われるオイルに至っても、その人の体質や症状に合わせて使用するハーブが違う。私はごま油に数種類のハーブをブレンドしたものだった。

 

オイルやハーブ薬も全て施設の工場で作られる

 

トリートメントルームはとてもシンプル。木製ベッドの上で裸で寝かせられ、セラピストとアシスタントの二人によって施術が行われる。いきなり裸になって体中を触られることには違和感があったけれど、これもセラピーの一つなのだと受け入れる他なかった。

 

トリートルームの様子

 

アーユルヴェーダのトリートメントはスパなどで行われるアロマセラピーのマッサージなどとは違った。木製のマッサージベッドは寝心地がいい訳でもないし、裸の体をタオルで覆ってくれることもない。でもオイルの香りには癒される。伝統的なインドを感じ、私はこのオーセンティックさが好きだった。

1週目を終え身体がリラックスした状態で、2週目の浄化プログラムが始まった。私は、自律神経とホルモンバランスを整える必要があったため、優しい浄化法である浣腸法を処方された。

簡単に言うと、肛門に薬用液を入れて大腸をクレンジングする療法だ。その液体はハーブの煎じ薬に蜂蜜、塩、オイルなどが入っている。まずは全身アビアンガで薬用オイルを体に浸透させ、その後にスチームバスに入る。頭以外はボックスの中に入って温かい蒸気で体をじっくり温めるのだ。そして15分後、ポカポカとリラックスした状態で浣腸法を行う。

 

スチームボックス

 

「これが一番優しい方法なの?」それが初日の感想だった。私はこのトリートメントを朝の7時半から9時まで5日間受けた。リラックスした、と言うよりも疲れたと感じる方が正直だ。トリートメント後は消化に一番優しい温かいお粥が出る。それを食べて少し元気になるけれど、それでも1日中疲れを感じた。

 

トリートメント後に食べるお粥

 

5日間を終え3週目に入り、滋養を与えるとされる3つのセラピーを受けた。頭をオイルでマッサージするシロアビアンガ、アビアンガ、そして体中に温かいミルクとハーブのミックスを垂らすナバラダーラ。トリートメント後はとてもリラックスする。

他に滞在している人の中には、催吐法で胃を浄化する人や、ハーブ薬を飲み下剤法を行う人、ギーを毎朝100ミリ飲むなど人など、色んな人がいた。一つだけに絞るか、複数の浄化法を組み合わせるかは人それぞれ。

3週間滞在していたフランス人の女性は、長年治らなかった蕁麻疹がここに来て1週間で消えたという。もう1人のドイツ人の男性は、手足が麻痺してしまう神経の病気で苦しんでいて、遺伝のため薬でも治すことができないと医者に言われたが、ここで6週間の浄化プログラムを行ったところ、手足が動き始めたと一緒に庭を散歩しているときに話してくれた。オランダから来た72歳の女性は、14年前から毎年ここで浄化プログラムを受けていると言う。彼女はアーユルヴェーダのおかげで30キロ減量し、うつ病から解放されたそうだ。

 

 

お祈りに込められた願い

滞在中で特に印象に残ったのは、トリートメントの前後に行われるお祈りだった。セラピストは、私が木のベッドの上に横になると私の体に手をあて、1分ほどマントラ(祈りの言葉)を唱える。その他にも、飲み薬を与える際にもセラピストはマントラを唱えていた。

 

トリートメントルームの入り口にある神棚

 

ドクターは「マントラは身体の自然治癒力を目覚めさせる祈りです」と教えてくれた。「トリートメントは、物質的なものだけではなくスピリチュアルな面も大切。祈りの言葉は私たちを守り、生命力と繋いでくれます。だから祈りをするかしないかによって結果は異なってくるのです。」

ある日、施設内の庭を散歩していると、お花を積んでいる男性スタッフを見かけた。「何をしているの?」と尋ねるの、ラビー先生が毎朝行うプージャ(神への礼拝)のお花を集めているのだと教えてくれた。「え? 毎朝そんな儀式があるの?」と驚くと、「そうだよ、毎朝やってるよ。でも6時15分からだから早く起きないとね」と彼は笑いながら言った。

翌朝、私はそのプージャを見るために6時ごろから神の銅像がおかれるあたりをウロウロしていた。まだ暗い。6時半になっても誰も来ない。静かだ。7時くらいになって、朝の甘いハーブティーを飲みながら待ってると、ラビー先生がきた。7時20分ごろにプージャは始まった。彼が一人で行っている。丁寧に神様の銅像を水で洗って、ろうそくをつけて、マントラを唱えながらお花を飾っていった。

 

プージャ用のお花を積んでいる男性スタッフ

 

朝のプージャを行うラビー先生

 

ラビー先生のお祈りの後、涙目になる。彼の優しい唱えが私の身体の芯までとどく。この瞑想的な45分のあと、私は初めてアーユルヴェーダの本当の魅力を理解した。その神聖さ。そしてそれらを繋ぐ、この教えを受け継いできた人々の愛情。これが真の癒しなのだと。

アーユルヴェーダには、本を読んだだけでは理解できない世界があった。ケララの温かい空気、自然の音、お祈りの歌。私は初めてアーユルヴェーダの深みを体の芯まで感じ、感動した。アーユルヴェーダが何故この現代でも今なお生きているのか、生かされているのかがわかった。祈り。希望。信じること。人が与えられる以上のものを与えてくれるからなのかもしれない。

 

プージャ用のお花

 

 

私がここで学んだこと

 

私は冒頭で「アーユルヴェーダは、予防医学を重視した自然療法だ」と書いた。でもここで学んだことは、アーユルヴェーダは“治す”だけのものではないということ。

オイルが肌に浸透するように、神聖なエネルギーも精神に染み込む。この深いスピリチュアルなプラクティスが今も生き続けているのは、その伝統を信じ、愛と希望を込めて人から人へと大切に伝えられてきたからだと思う。

私は、ラビー先生が最初に言った言葉を忘れない。「バランスを取り戻す方法を身体はちゃんと知っている。アーユルヴェーダの薬は、身体がすでに持つ治癒力と叡智をただ、手助けするだけなのだ」。

医師の言葉を、祈りを、神を、自然の力を信じること。それは自分を信じること。アーユルヴェーダは私たちを本来の居場所に戻してくれる。私たちをそっと見守ってくれている。

アーユルヴェーダは、祈りを通して自然と繋げてくれるマジックのようなものだ。私たちの体に備わる治癒力を目覚めさせる、祈りに根ざした自然療法だった。

 

 


写真・文/フィエベ里奈

カナダのマギル大学の薬学部卒業後、ロンドンのUCL大学でハーブの研究をする。WHO世界保健機関でアフリカの伝統医学を広める活動をはじめ、インドでヨガ講師の資格をとり、アーユルヴェーダに出会う。今は、「健康とは何か」「病を治すということは何か」と、その答えを見つけ出すために世界を旅している。

Instagram:@lina_fievet

この記事がよかったらシェアしてください

latest issue

veggy 最新号

SNS

veggy SNS

Related posts

最新の投稿