せきねめぐみの、かまくら暮らし歳月記 – 水無月 –

生きるとは、変わること

 

梅雨入りを控えたある日、高校時代からの友人たちと四人で集まった。高校時代は毎日会っていたのが大学時代は月に一度になり、それでもわりとこまめに会えている気がしていたのが、おのおのの就職や結婚や子育てなどにつれて会う頻度はどんどん下がり、いつのまにか年に一度会えるかどうかにまでなってしまった。最後にはついに一生に一度に戻り、そもそもが生涯にいちどきりの出会いだったのだということをきっと思い出すだけなのだ、なんて思っていた矢先、コロナ禍が始まってからは初めての集合だったので、会えた喜びはひとしおだった。

 

 

雨のしとしと降る肌寒い日、ひとりは埼玉から、ひとりは静岡から、もうひとりは横浜なのでわりと近くから、皆で鎌倉の家まで来てくれた。前回集まった時もそうだったように、金色のうちで一番大きなアルミ鍋で煮たあり合わせのおでんをつつきながら、きょうが寒くてよかった、皆でこうして温かい気持ちで鍋を囲み、味が沁み沁みのくたびれた練りものでもうまいなあと思うことができたと、なぜ今日に限って雨降りなんだと一瞬でも思った朝の自分の肩をかるく叩いて笑った。このまま日が暮れて夜が深くなって、空がうっすら白みはじめるまでまだまだ話していたいと思った。

 

四人は仕事も着る服の趣味も興味のあるものごともてんでばらばらで、なにがわたしたちをいまだにこうして強く結びつけているのかわからないけど、ただ2004年のとある春の日に片田舎の高校の教室で出会い、たったさっきまで互いをまるで知らずに生きてきたことが信じられないくらい一瞬にしてすっと仲良くなり、つかず離れずの距離できょうという日まで、揺れうごく人生の悲喜交々を横で見守ったり見守られたりしてきた。この人たちが人生にいてくれてよかった、この人たちに会えただけで自分の人生を褒めてあげたくなると心底思う数少ない親友たち。

 

 

どんな流れだったかは忘れたけれど、じぶんが先に死ぬのと、大切な人たちが先に死ぬのと、どちらがいいかという話になった(ひとりはワインを飲んで寝てしまっていたので、残る三人で)。二人は絶対にじぶんが先に死ぬ方がいい、大切な人に先立たれた悲しみを抱えて生きていける自信はない、と言った。そういう発想もあるんだ、とちょっぴり仰天した。そんなふうに潔く言えてしまうなんてすごい、とも思った。やっぱりわたしにはないものを持っている人たちだと思う。わたしは絶対にじぶんが最後に死ぬのがいいと思っている。でも、その理由までは改めて考えてみたことがない。なんとなく、でも強くそう思っていて、あの日はじめて二人に「それはなぜ?」と聞かれ、そうしたら自分の口からするするとでてきた言葉にまたおどろいた。大切な人を失くす悲しみがあってもそれをちゃんと引き受けて、もう嫌というほどになっても引き受け続けて、それをどうにかこうにかして皆が報われる形にして、すべては大丈夫なんだよということをあとの世界に残して、じゃあもういよいよわたしの番だな、安心していけるな、よし行こう、というふうに死にたい。わたしが、その人が生きて死んだことをちゃんとこの体で覚えていたい。

 

というところまで口にして、あ〜わたしはなんて強欲なんだろう、と心の中で情けない力ない笑いがもれてしまった。大切な人たちをちゃんと残らず見送ることで、じぶんが死ぬときに安心して死ねるはずだとどこかで思っているのだ。何が待っているのか予想もつかない場所にひとり先に行くのは怖い、でも皆がそこで待っていてくれると思うと死ぬのもきっと怖くないと。自分勝手だなあ。でも、大切な人がいなくなっていく悲しみを全身でちゃんと引き受けるということは、じぶんはしなくてはいけないような気がしている。何度でも。とまあ、こんなことを思ったり願ったりしたところで、すべては神の采配、なにがどうなるかちっともわからない。希望が叶うのも、叶わないのも、どちらが幸せなのか誰にもわからないのだ。ただ、こういう話がふとできてしまう瞬間を皆と共有している自分を、なんてありがたい、なんて幸せ者なんだろうと思ったのだった。

 

 

 

時間というものはふしぎだ。次はいつ会えるかなと思うことなど皆無だった高校時代、今からすでに来月が楽しみだなと胸弾ませる別れ際もまた好きだった大学時代、それぞれの世界へ漕ぎ出し夢中で生きていく中で会えなくても心で共にあることを感じさせてくれたことにこの上なく感謝の気持ちを覚えることができた二十代、そして三十代。これからのわたしたちには何が待っているだろう。ああもう三十代だ、とは思わないし、まだまだ三十代だし、というふうにだって、わたしは思うことがない。いつが若くて、いつが歳をとっているのかという気があんまりない。えらそうだけど。

 

人生のできごとは単純に順番に並べられるようなものでもないと、ここのところより一層思っている。今まで通り過ぎてきたことも、今も、そしてこれから経験していくことも、ひとつの同じ場所にいつも存在しているという気がする。わたしたちは時間の中にいて、ある方向、もしくは地点へと向かって人生が進んでいるように感じているけど、時間の外にでてみて、あるいはじぶんこそが時間そのものだとして、一度考えてみるのもいい。欅坂46というこれまで類を見ないタイプのアイドルグループが好きだった。ある歌では切なく儚いメロディーにのせて制服を着た女の子たちがこう歌いあげる。「生きるとは、変わること」。変わることこそが命なら、変化に後先はないじゃないか。好きな歌詞だ。

 

 

変えられないものは変えない

 

変化の話といえば、二十歳のころ、こんな言葉に出会った。ある人が願った。「変えられないものを受け入れる冷静さ、変えられるものを変えられる勇気、そしてそのふたつを見極める知恵をください」と。これは有名なニーバーの祈りというものだとあとで知った。何かとてもとても大切なことを言っているような気がしていたけど、それが今になり少しわかるような気がしてきた。世界がいったいどのようにできているのかが、ここ鎌倉の小さな片隅で特に大げさなこともなくただ暮らしているじぶんにもまざまざと感じられてしまうことが、この数年のできごとから多かったからかもしれない。

 

世界の成り立ちや仕組みをふとしたはずみから知り、人は嘆く。怒りをあらわにする人もいれば、今にも呪いをかけそうな人もいて、そしてかならず無関心の人がいる。いっぽうで毅然とした姿勢で、あるいはゆるやかなペースで、今ある現状を変えようと情熱をもって動く人たちがいる。中には多少荒っぽくても、素早さとわかりやすい力強さをもって変化を促す人もいる。皆、変化を起こそうとする人たちだ。世界に対するじぶんの態度について、わたしも何度も何度も考えた。どれも少しづつ試してみるけど、しっくりこない。そもそもが、何かが根本的に違うという気がしてならず、鎌倉に来るまでの少なくない時間をもやもやしながら過ごしていた。そんな時ふと思い出したのだ、あのニーバーの祈りを。

 

 

たった三行の短いこのフレーズを知った当時のわたしは、変えられないものを受け入れる冷静さなんて卑屈だし逃げ腰で、変えられるものを変える勇気は、まああった方がいいかもねと、こうして書くのも稚拙で恥ずかしいけれど、そんなふうに思った。ところが今このフレーズを時を超えてそらんじてみる時、両者がこっそりひっくり返ってしまうことに気がついた。つまり、変えられないものを変えないことにこそ勇気が要り、変えられるものを変えることにこそ冷静さを要するのではないか。いや、そもそもこの二つは入れ替えても元の意味と同じことなのかもしれない。つまりは一番重要なのは三行目なのではないか?変えなくていいものと、変えるべきものを、見極める知恵。わたしたちは、なんでもかんでも変えられると、思いすぎてはいないだろうか。

 

  

わたしの思うことなんて、きっとある種の人たちからしたらただのへなちょこのたわごとだろうけれど、変えられないものを変えない勇気というものをもし、ひとりずつがもう少しずつ持ち合わせていたら、戦争や犯罪は起きづらく、地球をこれ以上ぼろぼろにせず、じぶんとは違う意見や考え、又は立場や属性などの人たちへの偏見も生まれにくいだろう。変えられるものがもしあるとするなら、それを変えようとするとき、わたしたちは意気揚々とではなくとても冷静に行わなければいけない。

 

世界は、思うにめちゃくちゃだ。ずっと。これは悲観的とか、性悪説にのっとっているとかそういうのではなくて、うーん、なんと言えばいいのだろう。仏教だってそういっているじゃないか(雑な解釈だけど)。めちゃくちゃが世界の本質なので、世界を変えよう、あるいはまとめようとか、ととのえようとかいうことこそ、無茶苦茶な話だ。本質を変えることはどこのどんな権力者にだって、だれにだってできた試しはない。わたしたちが生きる道は、このめちゃくちゃで無茶苦茶な世界を変えることではなく、そうと知ったうえでどう生きていくかだ。

 

世界を変えようというのは、誤解を恐れずに言えば、傲慢な行為だと思う。世界の前に自分自身はどうか。自分自身の世話をおざなりにしている人が、目の前で起こっている無数の森羅万象を軽んじて、あるいは見過ごして、ただ遠くばかり見ようとする人が世界を変えようといったって、虫がよすぎる。じぶんの世界をまず知らないでいるのだし、愛していないのだから。世界で今起こっていることは、たった今このじぶんの身に起こっていることともいえる。世界とじぶんが常にリンクし合っていることに気づいたら、ほんとうに変えられるのはこの自分自身くらいだと分かる。それは諦めの境地にも似て、でもどこかすがすがしい。世界を変えるというのは、自分自身を変えるということだ。変えられることはこの自分自身の中にこそ無限にある。よしよし、諦めよ、それが第一歩なのだ、と風が後ろからそっとささやいてくれるから、そんなに間違ったことでもないのかなと思う。

 

 

なんてことを、五月晴れのうつくしい鎌倉で、海に足を浸しながら、すれ違う人たちを興味津々でそうと気づかれないようにそっと眺めながら、日々思い巡らせていたのだけど、変えられないものごとが溢れている世界を生きていくことが、わたしたちひとりひとりの生き物に与えられた限りない創意工夫に満ちた道のりなのだ。変わることを必要とする、変わることを強いる世界より、あるいはずっと。その道を歩いていくのにたったひとつ必要なものがある。それは皆がすでに心の中に持っているものだ。

 

 


写真・文/関根 愛(せきね めぐみ)

俳優、執筆、映像作品制作を行う傍ら、ライフワークとして食に取り組む。マクロビオティックマイスター/発酵食品マイスター。veggy公式lifeアンバサダー。伊豆育ち、東京のち、鎌倉暮らし。
Youtubeチャンネル:鎌倉の小さな台所から|MEG’s little kitchen in Kamakura
Instagram:@megumi___sekine(アンダーバー3つ)

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