【新連載】先人から学ぶサステナブルな食卓 vol.1

300年以上受け継がれてきた

日本の知恵『養生訓』から学ぶ

“わたし”が心身共に健やかに生きる方法

 

蝉の声に代わり、日が落ちたあと虫の声が聞こえるようになり、少しずつ秋の風が吹いているのを感じますね。いかがお過ごしでしょうか。

 

今回から始まる、このコラムのタイトルは、「先人から学ぶサステナブルな食卓」。

 

“100年後も残したい食卓を”をコンセプトに掲げる、伝統工芸品のテーブルウェアブランドのプロデューサーを務める小島あり彩が、先人たちから日本の古き良き食卓をつくる知恵を学び、人や地球にやさしく心地いい暮らしを提案します。

 

Photo:Arisa Kojima

第一回目の今回のテーマは「セルフケア」。

日中は暑いのに夕方は涼しかったり、気候の変動で体調を崩しがちな方も多いこの季節。

 

日々、体も心も健やかに過ごすためには「自分を大事にする」「食べるもので身体は作られる」「セルフケアの習慣をつけよう」など、耳にする機会が多くないでしょうか。

しかし、年齢を重ねるにつれて、個々それぞれに心身の調子の変化は訪れるもの。

これまで想像もしなかった身体や心の変化が起こり、「はて、どんなことを具体的にしたらいいのだろう……?」と迷うことはありませんか。

 

そんな時におすすめしたいのが、300年以上前に発行された“健康の手引書”。

日本人による、日本人のためのセルフケアの知恵が詰まった一冊の本として、江戸時代から読み継がれてきました。

 

記事を読んで、古来から受け継がれてきた知恵をもとに「わたしに合うセルフケアの方法ってなんだろう?」と考えるきっかけになると嬉しいです。

 

Photo:Arisa Kojima

 

江戸時代のベストセラー『養生訓』って?

 

『養生訓』という本を耳にしたことはあるでしょうか。1712年に儒学者の貝原益軒(かいばらえきけん)によって書かれた一般向けの書物で、江戸、明治、大正、昭和、平成、令和という6つの時代にわたり、読み継がれてきました。

貝原益軒が、83歳の時に書いた養生訓の中では、“夜でも読み書きができるほど目はしっかりと見えていて、歯は一本も抜け落ちていない”という記述があります。

江戸時代の平均寿命は40歳を切っていたと言われる中で、85歳まで健康に生きた貝原益軒は、当時稀な存在だったと想像できますね。

 

※画像はイメージです。

 

養生訓を初めて読んだときは健康を指南する本ということもあり、表紙を開くまでは「さぞかしストイックなことが書いているのでは……」と少し身構えてしまいましたが、実際に読むと、“欲望(食欲、性欲など)に流されすぎない”、“自分の内側や自然などから喜びを見出す”など、シンプルなことばかり。

 

“生命を養う”と書いて「養生」と読むように、生きていく上で切っても離せない、食事、呼吸法、健康法、朝の習慣、医療や薬の付き合い方など、貝原益軒が実践した上で大切にしていた生き方について、ひとつひとつ丁寧に記述しています。

 

ここからは、養生訓の内容の一部を抜粋して、紹介していきます。

 

 

心の在り方から、気を養う

 

養生の術は先心気を養ふべし。心を和にし、気を平らかにし、いかりと慾とをおさへ、うれひ、思ひ、をすくなくし、心をくるしめず、気をそこなはず。是心気を養ふ要道なり。

引用元:貝原益軒(1712)養生訓

 

養生の方法は、まず気を養うこと。心を和ませて、気を平らかにして、怒りと欲を抑えて、憂いや思いわずらうことを少なくして、心を苦しめず、気を損なわない。これが心と気を養う大切な方法とされています。

そして、貝原 益軒は、「気」を養うだけでなく、「気」を減らさないことが大切だと書いています。例えば、人に対して、喜びや楽しみを激しく表すと、気を使いすぎて減り、憂いや悲しみが多ければ、気が流れずふさがると言いました。

 

Photo:Arisa Kojima

 

また、食事の取り方についても記述があります。

 

怒の後早く食すべからず。食後怒るべからず。憂ひて食すべからず。食して憂ふべからず。

引用元:貝原益軒(1712)養生訓

 

怒った後、すぐに食事をしてはいけない。食後に怒ってはいけない。悩んだり心配しながら食事をしてはいけない。食後に悩んだり心配したりしてはいけない。

 

怒ったり心配ごとをせず、楽しんで食べる、と聞くと、一見当たり前のことのように思えますが、「食べ終わった後は、あれとあれをして……」や「あ、あの人にメール返さなきゃ」など、目の前のことだけでなく、他の考えごとをしがちな著者はハッとさせられました。

 

反対に心許せる友人との食事は、笑顔が絶えず、心満たされる時間になります。帰り道は明日の活力をチャージした気持ちで、「よし、明日もがんばろう」と元気をもらうことも度々。

 

「気」を養う、「気」を減らさないという考え方は、貝原益軒の提唱する心身共に健やかに長生きするための土台になっているようで、他の項目でも度々登場しています。

 

近年、「身体と心が繋がっている」とは、よく耳にする言葉ですが、300年も昔から言い継がれてきたほどゆらぎなく、本質的なことなんだと、養生訓を初めて読んだときに心に残った言葉となりました。

 

Photo:Arisa Kojima

 

5つの味のバランスを意識する

 

養生訓には、食事の選び方なども記述があります。その中で、明日からできる手軽なことを一つご紹介します。

 

五味偏勝とは一味を多く食過すを云。甘き物多ければ、腹はりいたむ。辛き物過れば、気上りて気へり、瘡を生じ、眼あしゝ。鹹き物多ければ血かはき、のんどかはき、湯水多くのめば湿を生じ、脾胃をやぶる。苦き物多ければ脾胃の生気を損ず。酸き物多ければ気ちゞまる。五味をそなへて、少づつ食へば病生ぜず。諸肉も諸菜も同じ物つゞけて食すれば、滞りて害あり。

引用元:貝原益軒(1712)養生訓

 

五味(甘・辛・鹹・苦・酸)の同じものを食べ過ぎることを、五味偏勝といいます。

 

甘いものが多いとお腹が張って、痛む。

辛いものが過ぎると、気が上がり気が減り、腫れ物ができたり、眼にも悪い。

塩気が多いと、血がかわき、喉がかわき、湯水を多く飲むと湿を生じ、胃腸をやぶる。

苦いものが多いと、胃腸の正気を損なう。

酸味が多いと、気がちぢまる。

 

五味をそなえている食事を、バランスよく少しずつ食べれば病気にならない。同じ食材を続けて食べると滞り、害に繋がると、本書では綴られています。

 

様々な味の料理を食べることで、食事の満足感を感じやすいということもあり、日常からも実践できそうですね。

 

 

Photo:Arisa Kojima 

もし、自分のために「養生訓を書くとしたら?」

 

養生訓の内容は、わたしたちの暮らしで実践するには、難しいこともあるかもしれません。例えば、養生訓の中では雨水を飲むことが良いとされているけど、大気汚染が心配される現代では、雨水をそのまま飲むことは考えづらかったり。

 

現代の暮らしから考えると全てが合うわけではないですが、300年以上前に提唱されたと思えないほど、読んでいてしっくりくる内容も多いはず。というのも、養生訓では健康になるためのノウハウというよりも、「生き方・在り方」についての記述が多いから。

 

個人的には、貝原益軒が大切にしている、人生を穏やかに凪のような心で人生をシンプルに楽しむ姿勢に感銘を受けました。

 

Photo:Arisa Kojima

 

そして、わたしたちは、年齢や経験を重ねていく中で、ライフスタイルや人生の優先順位が変わり、伴って身体や心の変化があったりと、自然と自分に合う食べもの、暮らしかたも変化していきます。

 

江戸時代は食事も暮らしも今より質素だったため、手元にあるものを工夫して大切に長く使うのが当たり前という価値観でした。食材をはじめ、ものがたくさん溢れている現代を生きる私たちが、もし自分の暮らしの手引書のように「養生訓」を書くならどんな内容になるでしょうか。

 

わたしがノートに書き出してみた、自分のための養生訓の一つをシェアします。

 

「料理で出た野菜くずは、コンポストに入れて、土に還す。コンポストからできた栄養がある土を使い、季節の薬味を育てて、食卓で使う。小さな循環がある暮らしの中で生きることで、自身も自然の一部だという意識を忘れず、日々を慈しんで暮らす。」

 

Photo:Arisa Kojima

 

自分なりのしっくりくる暮らしのヒントを“My養生訓”としてノートやスマホのメモ帳などにまとめておくと、忙しない日々の生活の中で、「あれ、最近深呼吸してなかったな」とふと気づいた時、自分の芯がぐらぐら不安定になっていると感じた時……、読むことで暮らしに立ち戻ることで、自分らしいペースを取り戻せそうな気がします。

もちろん、時々見返して、追加しても、消しても、書き換えるのも自分次第。

 

人生100年時代と言われている現代だからこそ、300年以上前に健やかに長く生きていた人の生き方は、きっと暮らしのヒントを与えてくれるはず。

 

この記事を通して、古人の知恵を自身の暮らしにどのように取り入れられるか、自分だけの「養生訓」とはなにかを考える機会になれば嬉しいです。

 

あなたもわたしも、この人生の身体と心はたった一つしかないのだから。

 


 

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