ローズクォーツの上に存在するといわれるタイ南部の小さな島「パンガン島」。これが伝説なのか、真実なのかは明らかではないが、ひとつ言えるのはここが“癒しの島”だということ。平和と愛を願うヒーラーたちが世界中から集まってくるこの島を私が初めて訪れたのは2022年。当時は忙しい毎日に追われていて、心身を休めるのが目的だった。
ビーチ、透き通る水、星空、ココナッツ林、滝……。空気を吸うだけで癒されるこの場所で私が見つけたのは島の美しさだけではない。数え切れないほどのヨガスタジオ、サウンドヒーリングから始まるヒーリングワークショップ、アートセラピー、ダンスセラピー、ウーマンズサークル、タントラ、マッサージ療法、カカオ・セレモニー、美味しい食事。この島の上に広がる人々のコミュニティこそが、この場所をより特別なものにしていた。
そんなパンガン島で私が出会った4人のヒーラーたちが導いてくれた癒しの旅の話。
闇から光へ
この島で楽しみにしていたのがコビー(Kobi)との朝ヨガ。私が初めてコビーに出会ったのは2015年のこと。当時は20歳で、楽しいだけの学生時代を過ごしていたように見えるけれど、心の底は迷いと不安でいっぱいだった。終わりも、光も見えない毎日に疲れた私は休学することを決め、一人旅に出た。その時にカンボジアで出会ったのがヨガと瞑想の先生であるコビーだった。
「苦しみは、本来の自分から切り離された時に生まれる。私たちは多くのことを考えていて、考えすぎて、完全に想像の世界に巻き込まれてしまう。想像の世界が悪いわけではない。ただ、虚構の物語を頭の中で作り上げて未来を想像すると、不安や恐怖が生まれ、それがストレスとなって私たちを苦しめる。瞑想で意識を今、この瞬間に戻すことで静かで平穏な“今”に気づくんだよ」
ヨガと瞑想の先生、コビー
コビーと彼の妻パジット(Pazit)は今年パンガン島に移住し、ヨガを教えている。久しぶりに彼のクラスに参加したけど、コビーのヨガはただ体を鍛えるものではない。
「インドのプネーでB.K.S.アイアンガーの息子、プラシャンスに学んだときに、ヨガとは見た目や柔軟性、ポーズの強さではないことを知ったんだ」と彼はいう。「本当に大切なのはスピリチュアルな繋がり。人間は物質的なものよりも、もっと深いものを求めている。ヨガは私たちをその場所に導いてくれる。心が落ち着いて頭の中の考え事が少なくなると、自分の奥深くにある静けさに気づく。ありのままの自分と向き合い、今起こっていることを受け入れられるようになる。そしてそこに人間が求める喜び、平和、愛がある」
ヨガ教室は自然の中にあるホールで行われる
コビーの朝ヨガはいつも生徒でいっぱい
コビーとパジットは毎日のヨガクラスや講演、ディスカッションを通して、その深い教えを広めている。私たちが経験したことのないような方法で、自分自身を探求し、内なる光を見つけることを教えてくれる。
Instagram: @vagabondtemple
心と体を養う食事
ヨガのクラスの後に私が楽しみにしていたのが食事の時間。パンガン島ではヨガの実践に熱心な旅行者が多く、その教えの基本であるアヒンサ(非暴力)が大切にされているため、カフェやレストランの多くがヴィーガンだ。
ある日友人に誘われ、マインドフルネスをテーマにしたディナーコースに参加した。そこでもてなしてくれたのが中国出身のリンダ(Linda)だった。彼女は伝統的な中医学やアーユルヴェーダからインスピレーションを得た菜食料理を出してくれた。「私にとって食べ物は良いエネルギーを与えてくれるもの。愛がある限り、それは栄養になると信じている」と話す。
Omm Homeキッチンで料理をするリンダ
リンダがパンガン島を訪れたのは2020年のこと。ヨガのティーチャートレーニング・コースのために1ヶ月だけ滞在するつもりが、コロナ禍で国境が閉ざされ、気がつけばこの島で暮らしていたという。「いま考えると最高の贈り物だった。自然の中でたくさん時間を過ごして、新しいライフスタイルを築いたの」そして数ヶ月前に彼女は自宅で「オームホーム(OmmHome)キッチン」を立ち上げた。
この日のメニューはビーツのサラダ、ターメリックライスとココナッツのプリン
以前はシンガポールのファッション業界で成功していたものの、うつ病と不眠症に悩まされ助けを求めていたリンダは、仕事を辞めて一人でチベットへ旅に出た時に、過去の自分の「死」と新しい自分の「誕生」を体験・経験したという。その後、心と体の健康のために様々な自然療法を試してきたそう。
「小さい頃から色が大好きで、チャクラについて知った時はそのシンプルな教えに惹かれたわ。色が体と心を癒すの。私はそれを色んな人と共有したかったけど、誰もがヨガや瞑想をしたいわけではないということに気づいた。そこで、スピリチュアリティとか瞑想に興味のない人にも、もっとシンプルな方法で自然療法について伝えられないかと考えた時に「食」が思い浮かんだの。どの国の人でも、何を信じていても、誰もが食事をする必要があるでしょ。私は、ただ食べるだけじゃなくて、それ以上のものを与えたいと思ったの」
リンダの手作り餃子は大好評
ご飯とハーブを混ぜて食べるタイ風ライスサラダ
時間をかけ、一口一口を味わいながらゆっくりと食事することを経験できるオームホーム。「現代社会のペースはとても早く、インスタント食品で溢れていて食事も早く済ませてしまう。でもそのせいで消化が弱まり、様々な不調を引き起こしてしまうと思う。だからマインドフルに食事を楽しめる場を作りたかった。体だけではなくて、心と魂にも栄養を届けるためにね」
先祖代々の伝統を重んじるリンダは、アーユルヴェーダ、ヨガ、中医学などの伝統医学の美しい叡智を料理に取り入れている。「今は、色んなダイエットや食べ方があるけれど、一番大切なのは自分を知ること。私たちはみんな違う体を持っていて、一人一人ユニークだから、他の人にあっているものが自分にも良いとは限らない。このことを理解すると、自分自身が最高のドクターだって気づくと思うわ」
リンダが朝の市場から調達する新鮮な野菜
「メディアとか流行りのダイエットのルールに従うのではなく、自分に合うものを選んで。それをせずに、自分に合わないものを選んでいたら、体が混乱してしまう。心身のバランスは崩れ、いずれ病気になる。そうなる前に、自分自身とつながる時間を作って、自分の体を知ってほしい」
食事もヒーリングも、本当は私たちが思っている以上にシンプルだ。身体をケアするということは、私たち自身を構成するさまざまな層、つまり感情的・精神的なケアをすること。その一番シンプルな方法は、自分の身体を自然な状態に戻し、自分の声に耳を傾けること。
リンダはいう「私は、食事やヨガを通して、自然療法についてもっと伝えたい。自然に戻ることは、癒しにつながるから」
Instagram: @lindahaoliyuan & @ommhome.one
自然のサイクルに従うこと
生活のリズムを自然のサイクルに合わせることで体と心に癒しをもたらすこと。これは多くのヒーラーが信じていることだ。その中でも、月経周期と同調することの大切さをロレーナ(Loreena)は教えてくれた。
エストニア出身のヒーラー、ロレーナ
2回目の来島時、私は月経周期が不規則で、ホルモンバランスを整える必要があると感じていた。そんな時に友達がエストニア人の女性、ロレーナを紹介してくれた。初めてロレーナに会ったとき、彼女の発する光に強く引き寄せられた。彼女はパワフルで美しい女性エネルギーを体現していて、それに一番惹かれたのかもしれない。
ロレーナは、日本人女性のミオさんの教えをきっかけに霊気ヒーリングを学んだという。霊気のシンボルを見た時、「すでに知っているものだ」と感じたらしい。私はロレーナの霊気セッションを受け、彼女が開催するウーマンズ・サークル(Women’s circle)に何度か参加した。その度に、私の中の何かで目覚めたかのような強さを感じた。
オラクルカードを並べるロレーナ
ロレーナが教えるのは、生活のリズムを自然のサイクルに合わせること。「生きている限り、私たちは太陽と月のサイクルに影響される。その中でも、私たちが持つ一番大切なサイクルの一つにムーン・サイクル(月経周期)があるの。女性のサイクルは、宇宙のリズムに繋がっているの」
ロレーナは、自分の月経周期を知ることが内なるパワーとつながるために重要だと説明してくれた。
「今の多くの女性は自分の体、セクシュアリティ、月経に関して恥や罪悪感、恐怖を抱いている。自分の体の声に耳を傾けることを忘れ、自分自身を信頼できなくなっている。でも、女性の身体はとても賢明なの。排卵期は、ムーン・サイクルの中で最も“陽”な、活動的な時期。この時期に、アクティブにプロジェクトや出会いに取り組むと上手くいくのよ。排卵が終わると、このエネルギーは自然に下がり始め“陰”の時期に入る。静かに時間を過ごし、内側に意識を向けて、役に立たないものを手放す時期。そして、月経は小さな“死”が起こるようなもの。体と心を休め、何もせず、ただ神の導きに身をゆだねる時。そして新しいサイクルを新鮮な気持ちで始めると、心も体もよりクリアになるの」
「かつて、女性はとてもパワフルだった。昔のコミュニティでは、女性は月経中に集まって一緒に瞑想をし、ビジョンや夢を通して神の声を聞いていた。このようにして、多くの部族が調和とバランスを保ってきたのだと思う」
「時間をかけて、意識が静かに内側に向かうと、自分が自然の一部であり、自分よりも大きな力に導かれているということに気づく。そこから新しいアイデアが湧いてきたり、夢と繋がることができる。社会や他人の言うことを聞いてばかりでは何も新しいものは生まれない。女性エネルギーとつながることで、自分にとって本当に必要なことがわかって、人生の使命に向かうことができるの」
ロレーナと話すと私はいつも良い気分になる。たぶん、彼女が自分の内なるパワーを思い出させてくれたからかもしれない。ロレーナは、私たちが女性らしく輝けるように自信を与えてくれる女神のような存在だ。
自然の中で時間を過ごすのが大好きなロレーナ
Instagram: @devi.yogini
夢を持つこと、育むこと
この島で学んだことの一つが、自分の体の声に耳を傾け、より直観的に物事を判断すること。現代人は生命の自然なサイクルに従うことから遠ざかっている。忙しいスケジュール、早く済ませる食事の時間、毎日決まったルーティン……。でも、私たちの体は自然と共に毎日変化することを忘れてはならない。「自己探求」の旅に出ることで、自分の身体が常に調和とバランスへと導いてくれることに気づいた。
自分の心と体の声を聞くこと。これこそが、カティア(Katya)のホットカカオが私に教えてくれたこと。
Seeds of Dreams で温かく迎えてくれるカティア
カティアの愛情たっぷりのカカオドリンク
ロシア出身のカティアは、パンガン島に移り住む前、長年瞑想の指導をしていたという。「2人目の子供を出産した後、私は瞑想をする時間も、瞑想を教える時間もなかった。毎日が忙しくて、もっと優しい方法で人の役に立ちたいと思っていた。そんな時、カカオに出会ったの」
彼女は「Seeds of Dreams(夢の種)」というカフェを作り、ホットカカオを作り始めた。私がカティアのカカオを初めて飲んだのは、彼女が開催した新月のセレモニーの時だ。
最初の一口を飲んだだけで、これまで飲んできたホットチョコレートとは比べものにならないと思った。「このカカオは生命のエネルギーそのもの。息を吸うたびに、そのエネルギーを心に届けてあげて。そして息を吐くたびに、カカオの愛情が体全体に広がるのをイメージして。自分を内側から抱きしめてあげるようにね」と彼女は瞑想をガイドしてくれる。
使用するのはセレモニアルグレードのローチョコレート。カカオには栄養が沢山含まれるので、加熱せずに種全体食べるのが良い
なんとマグカップもカティアの手作り
「通常のホットチョコレートはカカオパウダーから作られる。市販のカカオパウダーは種を過熱して、栄養豊富なバターは除いてしまう。でも、カカオは自然のお薬よ。ビタミン、マグネシウム、鉄、オメガ脂肪酸、アミノ酸など、300種類以上の貴重な栄養素が含まれている。カカオは栄養たっぷりなスーパーフードだから、種を高温で加熱して、バターの部分を除いてしまうのはとてももったいない。だから私は非加熱の、バターも含んだ生の種全体を使うの。そして、もう一つ大切にしているのは、カカオがどこから来るかを知ること。私の使うカカオは、愛情を込めてカカオを作っているタイの農家の家族から買っていてるからエネルギーいっぱいなの」カティアのホットカカオを飲むと、その栄養が魂の奥深くに行き渡るような感じがして、心が愛情に満ちて、とてもオープンで軽やかな気持ちになる。
静かなお店でゆっくりとホットカカオを飲むのがとても楽しみだった
私はここに来るのが大好きで、ここに来るたびに、ほっと安心した。
「パンガン島には、たくさんの旅人がいる。その中には、家から遠く離れ、孤独を感じる人や、方向性を見失った人もいると思う。だからこの場所を、来る人がリラックスできる、みんなの“家”にしたかったの」
この場所は母性的な温かいエネルギーで満ち溢れ、守られているかのようだった。「カカオはとても特別なもの。マヤ文明ではカカオは神の飲み物と呼ばれていて、彼らは神聖なエネルギーに触れるために飲んでいた。私はカカオを作るときに、いつも皆の自由を願っている。みんなが自分の夢に向かって、自由に自分の道を歩んでいけるように」
カティアは「夢を育むこと、そして自分の夢を恐れずに夢の道を歩んでいくこと」を教えてくれた。カティアは何度も、夢の種(Seeds of Dream)を育てるようにと繰り返す。「そうすれば、それは叶う。魔法よ。」
Instagram: @seedsofdreams
私がパンガン島への旅を計画した時、この島は目的地だった。
でも今思うと、この旅の目的地は「自分を知る」ことであり、様々な自分自身の発見が旅そのものだった。世界のあらゆる場所を旅して世界遺産を見ているように、癒しの旅では自分の持つ美しい力に気づいていく。パンガン島で出会った多くのヒーラーたちは、私を自分自身の光へと導いてくれるコンパスのような存在だった。
真の癒しとは、自分自身を知り、自分の自然治癒力を認識すること。それは、私たちが思っている以上にシンプルなこと。健康は人それぞれで、ユニークなもの。それを発見するのはセレンディップなトラベルだ。自分自身の声に耳を傾けること、それがこの旅の出発点なのかもしれない。
写真・文/フィエベ里奈
カナダのマギル大学の薬学部卒業後、
Instagram:@lina_fievet