せきねめぐみの、かまくら暮らし歳月記 – 霜月 –

めぐみのめぐは、巡るのめぐ

 

雨ばかりの季節を過ぎて、ようやく秋本番。お昼のあと、用事を済ませに外に出た。空を見上げると一面に広がる雲と雲のあいだが巨大な口のようにぱっくりと一直線に割れていて、そこから磨きたての真っ白い歯みたいな眩しい光がこぼれている。空に口があるなんてちょっと不気味だ。

乾燥でごわごわしてきた手のひらを眺めてみると、手相がまた変わったような気がする。こんなもの、いつどうやって動いているんだろう。このへんてこな形で、季節によって湿ってみたり乾燥してみたりする小さな大陸を縦横無尽に走る無数の線たち。いったいなぜ?掌にひみつのふしぎな生きものを飼っているみたいだ。それを生命線とか運命線とか呼んだりして、人によっては「手相はね、何よりも真実だよ」と言う。この線が私の運命や生命のゆくえを示しているなんて。

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず毎日散歩をしている。鎌倉は四季折々の身近な自然の移りゆくようすをたのしめる素敵な場所だと思う。特に決まったコースはなくて、海へ出る日があれば、海面から吹く猛烈な風にされるがままの髪の毛が宙を無尽に泳ぐようすが面白かったり。山の際へすーっと吸い寄せられる日もあれば、目の前に垂れ下がる木々からまっさかさまに一枚の葉っぱが落ちてきて「重力ってなんなんだ!すごい」と思ったり、そうやって溜まった枯れ葉の道をシャリシャリ踏んで歩くだけで気分がよかったり。

 

最近好きなのは、金木犀の香りがまだほんのり残る近所の住宅街をぐるぐるあてもなく徘徊すること。歩きはじめはいつもと変わらない景色なのでもう飽きたなぁと思うけれど、その中でもまだ一度も通ったことのない短い道とか、今まで視界に入っていなかった家とかに出会うことがある。そんな時、これってもしかしてずっとここにあったんじゃなくて今別世界からふと現れたんじゃ…?と真剣に思ってみたりする。

やっていることも、感じていることも、幼稚園生の頃とあまり変わらない。生きていると何もかもが変わっていくことばかりだから、変わらないものをふと感じるとき、肩の力がすとんと抜け落ちて嬉しくなるのだ。

 

いっぽうで変わっていくものをこの身や心で感じとることも、生きていくうえで欠かせないのを知っている。変わらないものの存在を感じて安堵することよりもある意味では重要で頼もしいことだとも思う。同じままのことだらけでは、退屈で退屈でしょうがないからだ。窓のそとで風が音もなく木の葉を揺らしているようすに心が打たれたり、マグカップの中のプールをお茶葉がゆらゆら泳いでいるのを見て安心したりするのは、それがどんなに小さなものでも変化そのものだからだと思う。

 

地球のことを時間の星だとか、変化の星だとか呼ぶことがあるけれど、私はその表現が大好きだ。遥か遠い場所から地球に生まれてみたくてやってきた私たちは、まさにこの変化という地球ならではの時間の奇跡をとことん味わうためにここへきたといってもいい。

 

 

 

 

 

ところで「変わること」は「巡ること」の一部なんだと、最近しみじみと感じるようになった。そう思うと少し気も楽になる。変わるというのは「ある状態から別の状態になること」。今目の前にある秩序が壊され、何もなかったかのように姿を消す。そして代わりに新しい秩序があらわれ、今まであったかのように自然に息をしはじめる。それが次々と繰り返され、長い目で全体の成り行きみたいなものを見渡してみると「巡る」になる。

変わりつづけた先にもとに戻るというのは、よく考えたらふしぎなことではないか。果てがないように思える世界にも果てはあり、それが元いたはじまりの場所だというんだから。私たちは「変わる」ということを楽しみにしてやって来た旅先で、それをふかふかの温かい毛布でくるんだみたいな「巡る」というおおきないとなみを知る、あるいは思い出す生きものなんだと思う。

 

「生きるとは変わることだ」と好きだった某アイドルの歌にある。「人生とは、巡礼に他ならない」とは、インド生まれの思想家サティシュ・クマールが言ったこと。巡礼とは聖なるものに近づこうとする行為だから、生きている限り目まぐるしく変わりつづけることでこそ、ひとは自分なりの聖なるものに近づこうとしているのだと思う。その旅路のことを人生というのだと、大人になった私は知ることになる。

 

昔とても親しかった人が、手紙でこんなことを言ってくれた。「めぐみ(私の下の名前)っていうのは、恵みというより、巡るのめぐ、なんだろうね。生きて、宇宙の意味を巡らせる。」めぐみを漢字で書くと愛なのだけれど、それって面白いよね、という話からたしかそういう会話になったのだと思う。めぐみ=恵み、と表すことが一般的に多く、今までその印象が強かっただけに、そのひとことは私にとても斬新な風を吹き込んでくれた。

 

今でもこの言葉を思い出すと生きていることが哀しく、嬉しくなる。巡るしかないのならぐるんぐるんと巡ろう。ほかの何を諦めても生きることだけはあきらめずに、その日がくるまでなんどでも出発して、元に戻って、また出発して力尽きるまでいっぱい生きていよう。遠い昔に無造作に放たれた言葉に時を超える力があって、こうしてちゃんとぐるりと宇宙を巡って今日必要なときに私のもとへ還ってくる。そういうことを愛というんだと、教えてもらっている気がする。

 

 

 

 

 

両手に小さな花

 

なんとなく顔つきのせいだと思うけれど、第一印象ではよくしっかりしているとか社会性がある人だと思われている。けれど、本当のところは少しもそうではない。

何年か前に、とある会社で事務のアルバイトをしていた。始業後まだ社長がやって来る前、それぞれコーヒーとかスナックとかを片手に世間話をちょっとするみたいなゆるい時間があり、そのときはたしか人間のタイプについての会話になった。ざっくり分けてさ、人って泥くさい人とスマートな人がいるよね、という話になり、関根さんは?と聞かれて、皆の指す「泥くさい」と「スマート」に分類されるものがあまりはっきりとはわからなかったけれど、どちらかといえばで「泥くさいんじゃないでしょうか」と答えた。

 

そしたらいつも皆のことを俯瞰して斜めからさりげなく冗談を放り込むことが上手な人がいて、その人が「関根さんはさ、泥くさいふりをしているスマートな人間でしょ、本当は。」と、にやりとした自信ありげな顔で言ったのだ。

その瞬間、胸の奥にあるひんやりしたつららみたいな氷のかたまりの表面を空っ風がなでていったような感じがして途端に心細くなった。自分がその場で蒸発して消えてしまいそうに思った。何もほんとうのことは伝わっちゃいないのだという安堵や哀しみ、もしかしてその人が言うことのほうが真実だとしたら私は一体どうしたらいいんだろう?という不安と恐怖がいっぺんに押し寄せてきて感情がぐちゃぐちゃになった。

 

 

私は昔から、朝と昼と夜で別人格かと思うほど情緒が安定していない。時期や場所によって、会った人が抱く私の印象はおどろくほど一致していないと思う。それに、自分よりガタイが大きい男の人たちが同じような格好(特にスーツ)をしてあちこちにいる場所(電車や会社など)にいることが身体的に恐怖でしかなかったり、耳が悪いくせに音にはとても敏感なので大人数の集まりや人混みは苦痛しか感じない。

決まった時間に決まった場所に行くことは好き嫌い以前の問題で致命的に「できないこと」だし、仕事でもプライベートでも駆け引きと呼ばれるようなものが一切わからないので基本的に腹のうちが読めない人(親しくはない人はほとんどそうだ)との会話では緊張しっぱなしで疲れてしまう。そもそも五十音で言いにくい行がいくつかあるせいで、滑らかに話すこと自体がむずかしくて会話のコミニュケーションに億劫になりがちでもある。

 

これは、私の抱える生きにくさの一部だ。こういう人間が、ほんとうはスマートな人間なのだろうか。それとも、その人が言わんとしたのは、生きにくさ(泥くささ?)に引っ張られているだけで本当はそれを克服できる術があるのにしようとしないあなたを僕は知っているんです、ということだったのだろうか。

 

しかし、この生きにくさというのは私が魂のいかりのように自分の中に深くおろしたままでいようと覚悟した部分でもある。生きにくい自分のことを変えようとあれこれやってみてもどうにも変えることができなかったので、自分ができないことを得意としている人のようになろうと努力するのではなく、できなさの裏にきっとあるであろう私なりの得意なことであったり、他の人にはないような感覚や視点を面倒でも掘り起こして、磨いたり、工夫したりしてどうにか使えやしないかとか、それをやがてはだれかのために育てていくことはできないかとか、そういったことを努力していきたいと思うことに繋がっている。今もまだまだ全然うまくできているとは言えないけれど、その道のりを歩くことを選んだことはまちがっていないと信じたい。

 

 

私は自分が自分であるがゆえにこの人生を、どの曲がり角をまがっても生きにくさゆえの寂しさに出会うことになる、とそう思っている。そのこと自体には時としてとてもつらいものがあるけれど、それでも嘆いてばかりいずに、うまく工夫していきたいのだ。思ってもみなかった困難に沢山出会ったけれど、開けたら箱の中身が思っていたものと全然違ったけれど、でも結局私はそれを案外たのしんだ、そういうふうに生きていたいと心から思っている。そのためにできることをこつこつとやっていくしかない。

 

唐突かもしれないけれど、やっぱり人は自分がいつ死ぬのか分からない。私は何かにつけてそういうふうに思うほうだけれど、ほんとうにそのことを理解している人は私も含めほぼいないに等しいんだと思う。「ああ、いつ死ぬのかわからないんだ、私って」と思ったとたん内臓ごとつぶれてぺしゃんこになりそうなのに、そのこと自体の意味を本当にはわかっていないなんて。わかることなんか生きているうちに出来ようがないけれど、こんな妙な気持ちを連れながらなんどもなんどもそれを再確認しながら一ページずつページをめくって生きていくしかないなんて。

 

でもそれでいい。わからないからこそ救われていたりする。昔たまたま見たNHKのドキュメンタリーに、なんでもない日常の中の芸術品のような、あんこ入りの透明で素朴な和菓子を作り続けてきた90歳くらいの東北地方に住むおばあちゃんが出てきた。その人はカメラに向かって、何もかもが削ぎ落とされた凪のような表情で「わからないことは幸せなことだよ、そういう気持ちで生きていたら、いつかきっといいことあるよ」と言った。なんでもかんでもわかろう、掌握しようというのは傲慢で、わからないことをわからないまま付き合っていける寛容さやほがらかさが人には必要だと、そういうメッセージを私は受け取った。

何もわかっていない恐怖と不安と、わからないからこそ生きていられるという救いのようなもの。どちらも手放すことなく両手に小さな明るい花のように抱えて、今日も生きていたいと思う。

 

 


写真・文/関根 愛(せきね めぐみ)

俳優、執筆、映像作品制作を行う傍ら、ライフワークとして食に取り組む。マクロビオティックマイスター/発酵食品マイスター。veggy公式lifeアンバサダー。伊豆育ち、東京のち、鎌倉暮らし。
Youtubeチャンネル:鎌倉の小さな台所から|MEG’s little kitchen in Kamakura
Instagram:@megumi___sekineアンダーバー3つ)

 

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